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曜変天目茶碗のナゾ

四川大学で日本文化を学び、日本で大学講師をする彭丹氏の書いた文章だ。

同名のダンサーが居るようだが多分関係ない。

「国宝茶碗に見える日本文化の矛盾と相克」

http://202.231.40.34/jpub/pdf/js/IN4501.pdf

少々長いが、面白いので読んでみて。

書籍も出ている。

「中国と茶碗と日本と」

https://www.shogakukan.co.jp/books/09388258

曜変天目茶碗とは、黒地の陶器の器に独特の色の文様が出た茶器で、世界に3つしかなく、そのすべてが日本にあって国宝となっているものだ。そういや偽物騒ぎもあった。まだ未決だが。

ワシも並んで見に行った。静嘉堂文庫(三菱・岩崎家)の持ってるやつ。

器が作られたのは中国だが、中国には何も残っていない。また存在したと言う記録すらない。

曜変で無い天目茶碗は文献には登場するものの特別に珍重されたものでは無いという。

そこら辺のナゾについて書かれている。

茶器は中国から渡来したものだけでなく、朝鮮半島由来のものもある。この中には日用雑貨であったものをあえて持ってきて用いるケース(井戸茶碗など)もあって、こういうスタイルかと自分で理解してたが、そういうコトでも無いようだ。

茶器の伝来と、茶の湯の文化の伝来についての考察は面白い。

中国で捨てられてしまった文化が日本に残って独自の発展をとげているケースは多い。

なぜ中国では捨てられるのか、なぜ日本人は残すのか。興味深いテーマである。

そうそう単純には言えないが、中国は地続きでとても広い。そこかしこに強大な勢力が生まれ、そうなると周辺と覇権を争うことは避けられない。

文化は勢力と共にあって、覇権を握る者が変わるたびに文化も是非を問わず塗り替えられたのかも…

或は流行りすたりにしても、人間が多いため日本よりよりダイナミックに流動するのではないか。

覇権を握る者は過剰なほどに体制を強固なものとしようとしているのも伝統なのかもしれない。

その頑なさが自由度を阻害している気もするが。

日本は、中国との間には海があって、取り込まれまいとする危惧もあってか、あんまし積極的に大陸と関わって来なかった。

とは言え、ちょいちょい交流があっていろいろ伝わってくる。

それを知り得るのは上の方の連中だけで、またそれをひけらかすため国交を制限してたっつうのもあったかも。

そんで自分だけ知ってる、自分だけ持ってるモノを自慢したのかもしれない。

下々も上の方から与えられるから珍重したんだろう。

文章の中で日本の中国への対抗意識みたいなことが書かれているが、当時はそんな大それたことは考えてなかったと思う。中国の大きさは理解してたはずだ。

対抗意識というよりは、従属を避けつつも、孤立して侵略に至る情報を得られなくなることを恐れて適当に交流してたんでないか。

彼女は、日本文化を研究して日本の中に中国の古の姿を見たが、現在の中国人は中国の歴史を知らない。日本人の興味があるのは共産党以前の中国で、中国人が学校で勉強するのは共産党以降の歴史だけだ。だから雑談してても話が続かない。w

最近は、やっと本当の歴史を教え始めたと言う。もっとも共産党のコトなので都合よく教えるから断片的になるが。

とは言え共産主義があっても中国は歴史あるナニか…を引きずっている。中国人のメンタリティの中にはそういうものがあるんだろう。

ちょっとだけ理解が進んだ気がする。