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【まどマギ】『叛逆』・ケイオス 1

ちょっとこじつけっぽいんですけど、

TV版EDのラストで、シルエットのまどかが全力疾走で遠ざかっていく

あの映像が脳裏に焼きつくほど印象的でね

まどかは「手を差し伸べようとするほむらに振り向きもしないで」

「たったひとりで」走り去っていく

これが『叛逆』EDだとね

画面左手ツインテの女の子と、右手ストレートロングの女の子が

「手をつないで」「一緒に」走り去っていく

えーと、うん、つまりそのなんだ、

ほむらは、神であるまどかと対等な立場になった

1.

われわれ、たぶん、大多数は

TV/前後編において

まどかが理になって世界が救済されたことに、

若干の不本意さはあれど、納得してると思うんです。

「まどか(自分以外の誰か)が犠牲になることで、

世界(自分を含めた全体)が助かる」

ってことを、無意識のうちに是としている

(そうするとまどかは神ヤハウェというより救世主イエスってことか)。

でも、自分が犠牲になるのはいや。

近しい人、大切な人のためならともかく、

よく知らない人たちとか

社会全体とか国家とかのためにそうするのって

状況にもよるけど、大半の人がいやなんじゃ?

そういう、いやなことをまどかは望んで引き受けた

たったひとりで

ほむらは、すべてを背負わされたまどかを孤独にしたくなかった

ってのもあるんじゃないかしらん…

2.

また、

まどかは、すべての魔法少女を救うための存在になったわけで

つまり「全体に奉仕する」「秩序」。※

対してほむらは「自己の欲望(愛)に忠実」なケイオス。

(自分のためであろうと相手のためであろうと、

「秩序」にあい対する立場をとっているので、「混沌」)

「秩序」を担う唯一の存在となったまどかの孤独を軽減するために、

みずからは「混沌」を引き受けた

ってのは

ほむららしい屈折と強烈な情念も感じます

構造だけを見れば、

これは美しく対称性が取れている(美しすぎてちょっと嫌)し、

まどかとほむらのキャラクターにも合致しているし、

キリスト教善悪二元論と極めて相似でもある。

ルシフェルがなぜヤハウェに敵対したのか」を描いたものとしては

俺が知るかぎりで最も魅力的なシナリオ。

考えると興味深いんだけど、

円環の理はほむらの書き換えた世界にも存在している

つまり

干渉することはできないけど

「概念まどか」は、ほむらが書き換えたこの世界を見守っている

もし干渉できたらするのだろうか

それとも、ほむらの気持ちを尊重して、そのままにしてあげるのだろうか

ところで

「すべての魔獣が滅んだあとは」

魔獣はほむら(悪魔)の手下にはなってないんだね

むしろほむらは、この世界を維持するために、

さやかたち魔法少女と協力して、魔獣と戦う体裁をとるつもりでいる

※面白いことに、QBも「(宇宙)全体に奉仕する」ために

エネルギー回収をおこなっている。

両者の違いは、

「そのために自己を犠牲にするか」

「そのために他者(全体の中の一部)を犠牲にするか」だけともいえる。

まどか=「善にして秩序」

QB=「悪にして秩序」

ともいえる…のか…な?

(余談だがエントロピーは「秩序」から「無秩序(混沌)」に向かう特性がある。

いわゆるエントロピー増大の法則)※