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お雛様あれこれ

立春を過ぎると、お雛様にまつわる話題がネットをにぎわせるようになります。

ネット相談も

七段のお雛様、毎年飾り付けるのに疲れてしまいました。娘は大学生、いつまでお雛様は飾り続けるものなんでしょう

とか

実家から私の七段飾りのお雛様ををもってきて、娘のために飾ろうと思いましたが、娘のために別のお雛様が必要だそうです。お雛様を二組も飾りたくありません、どうしたらよいのでしょう。

という、ある意味日本的かも、という相談事が目につきます。

これがたとえばクリスチャン文化圏だったら

クリスマス・ツリーを毎年飾るのに疲れ果てました。いつまで続くのでしょう。

とか

私のクリスマス・ツリーの飾りを、娘のために使ってはいけないのでしょうか

なんて質問はありえませんから。

もっとも、サンタを信じさせるのは何歳まででしょう。

なんていう質問は結構見かけます。これは日本も同じですね。

さて、我が家のお雛様事情といえば、私が生まれた直後に母方の祖母が用意してくれたお雛様は、木目込み人形、15体セット、ガラスケース入り(違い棚がついていた)です。

 

祖母は足が地に着いた考え方をする人でしたので、結婚間もない(3年ぐらいまでは新婚さんだと私は思ってます)団地暮らしの家庭にはこちらの方がイイ、と考えて選んでくれたようです。

もっとも、母のお雛様は御殿飾りの立派なもので(姉妹共有)、女の孫は私だけだったこともあり、ゆくゆくは(物の面倒見の良い)母にそちらを引き取ってもらうだろし…とも考えていたせいもあったようです。

(こんな感じのお雛様を、赤い毛氈を敷いた雛壇に飾り付けていたそうです。)

母のお雛様は、その後祖母が亡くなり、祖父が家を処分した際に一緒に処分した模様。私としては、親玉だけとっておけばよかったのに…と思ったのですが、なんせ1日で怒号のように片付けなくてはならなかったそうですし、引き取って綺麗にすればしたで、手間をかけずに欲しがる人が出てきたでしょうから、やっぱりそれが、母のお雛様の運命だったのでしょうね。

さて、私のお雛様は、数年前に、私の家に持ってくることになりました。祖母はそこまで考えていなかったでしょうけれど、そのサイズが幸いしたんです(ケースは廃棄)。

母はこのお雛様たちをずっと飾ってくれていたのですが、ここ数年はやはり出し入れが大変になってきたので、私が引き取ると寂しがるか、と思いきや、毎年のお役御免でほっとしているようです。(今は昔のお茶の先生に頂いた、という小さな陶器の立ち雛をかざっています)。

あ、ところで、ガラスケース入りの木目込み人形雛。きっと一般家庭の新婚所帯の憧れの新居が団地、であった昭和30年代にできたのか、と勝手に想像していたのですが、どうやらもう少し由緒あるもので、大正末、昭和の初めに考案されたものらしいんです。

関東大震災後にできた文化住宅やらコンクリートのアパート、手狭で純和風ではない住居空間、そこでも違和感なく飾ることができるのは・・・ということで考案されたよう。

住居空間の変化、ということで、平成になってから見かけるのは、親玉のみ、とか親玉と三人官女だけ、というお雛様。そして収納ケースがそのまま飾り台になる、というものもあり、ああ、みんな苦労しているんだなあ…となんだか微笑ましくなっちゃいました。

さらにあれ?っと思ったのが、掛け軸、額に入った立ち雛の図です。私、掛け軸の相場とかは全く分からないのですが、いくら原画が上村松園でも、シルクスクリーン(限定版、とはいえ)の掛け軸が10万円ぐらいのお値段がついているのをみて????、でしたが、ああ、なるほど、雛人形の代わりにこういうものを母親の実家の里が贈ることも多いんだろうな…(だからお祝儀値段、というか(以下自粛))、と納得。

これも、ずっと大切にして、転勤などが多くても、超多忙の家庭でも飾りやすい、しかもペットも気にならない…というわけで、人気があるのかもなあ…、と思った次第です。

(これは新顔。やはり実家の母が「持っていきなさい」と譲ってくれた木版画の掛け軸です。掛け軸をいちいち出して飾るのもしんどくなったそう。しまいっぱなしでよい、というも野でもないので、言われるままにもらってきました。飾ることで虫干しになりますから。)

どんな形をとるにしても、女の子が健やかに成長するように、との願いを込められたお雛様。人がそれぞれ、いろいろな運命をたどるように、お雛様たちもまた様々な運命をたどるのでしょう。

芥川龍之介の短編に、明治の頃経済的に厳しい状況であったもと武士の家庭でお雛様をなにがしのお金のために手放すことになる…というものがありました。このお雛様たちは外国人に買われた、というお話でしたが、このように外国に渡ったお雛様もたくさんいたのでしょう。

持ち主は変わらねど、何だか地の果てまでやってきてしまった私のお雛様も、これからどんな運命をたどるのでしょうね。とりあえず当面は、一年に一度はお出ましを願うことができますが。

(珍しく2人揃ったお隣の猫たち)